親知らずを抜く 1





親知らずが痛みだした

我慢できないほど痛い訳でもなかったのだが、 ほっておいたらひどくなるかもしれないと思い、 歯医者に行くことに。
友達に勧められて大学病院に行ってみた。

大学病院は小高い丘の上にど〜ん! と立っている。「歯科」病棟は5階建てになっており、 一番下の階で症状を説明して、適切な科を教えてもらうようになっていた。 中は病院特有の無機質な空間がひろがり、 何かの薬のニオイが鼻をくすぐる。 受付には、事務的な感じのする中年の女性が一人。 関心なさそうな目で私を見る。 私がそこで初心者であるみねを伝えると、
「では、まずこの用紙を記入して下さい。」
と、用紙を一枚手渡してきた。 ふんふん、と何気なく受け取ったこの用紙、 実は私に人生の決断をせまる用紙だったのである!

最初の方の項目は問題無かった。氏名、年齢、今までした病気・・・
だが、しばらく書き進むと、そこだけ他の項目とは雰囲気の違う、 やたら長い説明書きに行き当たった。

私達は処置の際には最善の注意をはらっておりますが、 残念ながらそれでも不幸な医療事故を完全に避ける事は不可能です。 ですから歯科医の生命の安全のため、 診察の前には患者の方々の血液検査を行うこととなっております。 どうかご了承ください。

これがその内容であった。

最初に読んだ時は何とも思わなかった。
「血液検査ね、はいはい。」
とヨユーをかまして読み進んだ。 しかし、つづく質問項目を読んだとたん私は硬直してしまったのである。

・検査結果(AIDS検査など)の結果をいずれにせよ知らされたいですか?

・・・いずれにせよ?・・それって、
不治の病でも告知して欲しいかってこと!?

が〜ん!
体温が急激に下がって行くような感じがした。 あまりにいきなりな選択を突きつけられた私は、 コチコチに緊張してしまったのである。
こんな命題を今まで熟考したことはなかった!
結果が確実にせまり寄る死なら、知りたいか、知りたくないか!
しかも今すぐ決断しろと!

すんません、出直してきます〜
と、すごすご退散しようかと思った。 しかし、それはあまりにカッコ悪すぎだろ〜!!! 私は考えた。色々考えた。考えすぎて汗がでてきた。 タイル張りの床に、通り行く人々の靴音が響く。 待合室のざわめきも、自分とは切り離された世界にあるようだ。 質問を何度も読み、頭の中でかみ締め、 目をつぶって大きく息を吸い込んでみる。 そんな事を繰り返しながら、半時が過ぎてしまった。 たかが問診表を書くのになんでこんな時間がかかるんだ、 と、受付の人もいぶかしんでいたに違いない。 しかしついに私は覚悟を決めた。

おっしゃ、結果がどうであれ聞いたろうやんけ!

思い立ったら即実行。 私は「はい」の方にマークをつけ、決心が鈍らないうちにと、 さっさと受付に提出してしまった。さあ、もうあとには引けないぞ!

・・・ドキドキしながら自分の名が呼ばれるのを待った。 「自分が病気のはずはない」という99%の確信はあったけど、 それでも世の中100%なんてことは無い・・・ と思うと落ちつかなかった。視線は足先にずっと固定したまま。 時々意味も無く脚を組み替えてみる。血液検査から帰ってきた人の腕に張られた、 少し血のにじんだ脱脂綿が視界の隅にも入らないよう、一生懸命顔をそらした。

そして、ついに「フラウたこ、診察室へどうぞ」というアナウンスが!
ばくばくな心臓とともに中へ入る私。しかし、私の緊張をあざ笑うかのように、

・・・血液検査は無かった・・・

なめとんのか〜!          








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