「パーティー」とは・・・!





ある日寮のフロアには甘くて香ばし〜い匂いがただよっていた。
「誰かケーキを焼いているな!?」
匂いに惹かれて、私はふらふらと台所へオーブンを見にいった。 オーブンの前には一人のアジア人男性が腕組をして立ち尽くしている。 私はこの人を知らない。でも私自身このフロアに引っ越してきたばかりなので (「M国人におそわれる」事件で新しい部屋をもらったのだ)
「ああ、きっとまだ知り合うチャンスのなかった、フロアの住人ね!」
と、一人で勝手に納得してしまった。

それにしても気になるのはオーブンの中身だ。ちょっとすっぱい匂いもするから、 これはフルーツケーキに違いない!
そう目星をつけて、私はそのアジア人に声をかけた。
「はじめまして。私は最近この階に移ってきた”たこ”というの。 まだ貴方とは会ったことないよね?よろしく!」
すると相手はとてもうれしそうに、
「はじめまして!僕は”パク”。実は僕はこの階の住人ではなくて、 おとなりの寮の住人なんだ。でもうちの寮にはオーブンがないから、 ケーキを焼く事ができない。だから悪いけど、 こちらの寮のオーブンをちょっと拝借してるんだ。 色々な階のオーブンをためしたけど。この階のが一番いいね。」

・・・え?寮の住人じゃない!?
いくらとなりとはいえ、勝手にオーブンを借りるなんて、 ちとずうずうしくないかい?
でも、その考えを消し去ってしまうほどおいしそうな香りが、 ほわ〜ん、とオーブンからフロア中にとけだしている。
「ねえ、なんのケーキ焼いてるの?」
「アップルケーキだよ。僕の得意なケーキなんだ。 これからパーティーがあるから、そのための準備。」
「へー、楽しそうね!」
「よかったら君もこない?」

やったー!ケーキだ!

私はケーキにつられて、深く考えもせずコクコクとうなずいてしまった。

1時間ほどして部屋のドアをノックする音。ケーキだ!
「おまたせー!パーティーにいくから、町に出る用意をしてね。」
え?となりの寮でやるんじゃないの?
ちょっと面食らったが、たいしたことではない、と、 でかける用意をした。寮を出たところで、 もうひとりアジア人女性がまっていた。 私も、一緒にいくことになった、とパクが彼女に告げると、 彼女は満面の笑みをうかべ、
「すばらしいわ!仲間が増えるのね。あ、私はジミー。 よろしく!日本人なの?こちらへきてどのくらい?」
と、人懐っこく色々話し掛けてきた。
この時点で私は「パーティー」に何の疑いも抱いていなかった。

「さあパーティー会場はこちらよ!」
連れて行かれたのは、高架下にある淡いオレンジ色の小さな建物だ。 なぜこんな所でパーティーを?と一瞬躊躇したが、
「さあさあ、入ってちょうだい。」
と促されて、中に足を踏み入れた。瞬間目に入ってきたものに、 「何かが違う!」というオーラを感じた! 壁には標語のような物がはってある。 しかもこの言葉に私は古い記憶をゆさぶられる。
「これは・・・ひょっとして、あの”世界一のベストセラー本” の中の言葉では!?ドイツ語だから確信もてないけど・・・」
その他、おもわずそれの前では敬虔的になってしまいそうな、 清らかな女性の絵などもある。こ・・・これは!?

建物の中の一室にはすでに10人近くの人が集まっていた。 国籍もバラバラなようだ。東欧の人、アジアの人、 ドイツ人などなど。みんな私をみると必ず声をかけてくる。
「まあ!新しい人ね!きてくれて嬉しいわ!!!」
もう私にはわかっていた。これは単なる「パーティー」 なんかじゃない!

「パーティーの前にね、ちょっとみんなでお祈りするからね。 一緒に礼拝をしましょう!そのあとでケーキを食べるのよ。」

やられた〜!!!!!!!!!!!

パニックにおちいり逃げる間もなく礼拝は始まってしまった。 みんなが歌を歌っている間も、私は己のうかつさを一人呪っている。 過去には楽しく歌えたはずの、馴染み深い歌ではあったが、
「人をだましといて、よくそんなけがれのなさそうな顔で歌えるよな!」
と、私をここへつれてきたパクに対しての怒りで歌うどころではなかった。

言っておくが、私はこの宗教自体が悪いとか嫌いとか思っているのではない。 宗教の機能は多いに認めるし、そういう宗教を持っている人は「救われる」 と思っている。ただ私はこの宗教に過去6年の間関わったことがあり (中学、高校がその宗教にもとづいた教育をおこなっていたから)、 「宗教委員」なんてものもやってボランティアをしたりもした。 その上で「これは私向きではない」と判断していたのだ。 その宗教に対する無知故にではない。すばらしい宗教ではあっても、 単に私には合わない。それだけ。

私が怒っていたのはただ「ケーキをえさに”だまされて”、 むりやり信じていない宗教の 礼拝に参加させられた」事に対してだ。怒りの対象はパクのみ! 他の人たちをあえて非難するつもりはない。 こんなやり方でなければ、普通に参加する事もできたのに。

礼拝のあとには「神について」の討論会だった。 帰りたかったけど、他の人の真摯な微笑みに逆らえなかった。 こうなったら意地でもケーキを食べてやろう、と当初の目的を遂行することに。
そして真剣な討論の中、ひとりただこの時が早く過ぎ去ってくれることを、 切望していた。なんか自分が罪人のような気分だ。
時々私も意見をきかれたが、「必殺!ムズカシイドイツ語わかりませ〜ん!」 攻撃で逃げてしまった。

やっとのことで討論も終わり、ケーキやクッキー、 ホットワインなどがテーブルに並べられた。 ケーキがおいしかったのが、せめてもの救いだ。 他の人は本当に私に気を使ってくれる。 ドイツに来て、一番人に優しくしてもらったかもしれない。 でもね、でもね、ごめんね。私は仲間にはなれないの。

「また来てね」と全員にいわれたが、 私がその集会に顔を出す事は2度となかった。 パクがうちの寮では有名な「宣教師」で、 休日ごとに寮生を勧誘しまくっていることを知ったのは、 大分後になってのことだった。彼は私の所にも何度かやってきたが、 そのたびに丁重にお断りした。









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